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2008年07月03日(Thursday)

日本の教育と子供たち(1)



人材コンサルティングをビジネスとしていることから、様々な方々の学歴や職歴にふれることになりますが、どちらかと言うと、学歴に恵まれている方々がほとんどで、その観点では現実の、教育を基点とした、また、教育にかかわる諸々の社会的問題とは乖離した別の世界があるように思えます。

それこそが、今、最も日本の将来に危機感を感じさせている「格差」であり、「格差の拡大」であると思います。そもそも「格差」といえる現象は、昔から、日本の社会には存在していましたが、社会そのものがそういった現象を受け入れられる、もしくは受け入れるしかない環境であったため、社会的問題という意識が仮にあっても、「格差」という社会的問題としては起こりえなかったのであろうと思っています。

その点、現在、進行中の「格差」は、まさにその意味するところそのままであり、あまりにも社会現象としては問題が大きく、犯罪の低年齢化や、未来を描けない子供たちを、このまま放置することは、将来の日本の存在さえも危うくしかねないほど深刻な事態となっています。

それにしても、日本政府の「教育」に対する基準・方針のなさ、曖昧さには、ほとほと嫌気がさすというか、日本の将来に対する不安などという言葉など、どこかへ吹っ飛んでしまい、子供のために日本を脱出する、つまり海外のしっかりとした教育施政をとっている国へ移住しなければ・・・と考えている方々も数多おられるのではないかと思います。

めまぐるしく変化する社会構造や、それに伴う周囲環境の変化は、社会そのものを維持し、発展させていくための基本的な活動である、現在の「日本の教育」のあり方に大きな疑問を投げかけていると思うのですが、10年足らずでなくなることになった「ゆとり教育」に代表されるように、相変わらず、実社会の現象なり、真に必要と思われる教育の方向性とは乖離した、まさに無策ばかりが目立ち、腹立たしい限りです。

ゆとり教育が本格的に実施されたのは2000年代に入ってからで、その観点では10年足らずですが、1980年代から順次、移行準備が進められてきていますから、30年近くもの長きに亘って無策を掲げ続け、挙句の果てには、なくなることになるという、この怒り以前に、呆れるばかりの失態の原因はどこにあるのでしょうか。

30年と言えば大変な年数で、1980年代は、1973年から1991年まで続いた安定成長期の真っ只中であり、所謂、1986年以降のバブル期に向かって、ゆとり教育などの無策が出てくるのも、日本の政治家ならではと言えるような気がします。

「教育」を本来の正しい活動のあり方とするには100年の歳月がかかると言われますが、英国のブレア元首相が演説の際に、「一に教育、二に教育、三に教育」といって教育の重要性を説いていたことが思い出されます。
また、1970年代から既に、生きるための知恵と経験により様々な社会現象に対応してきた北欧の国々では、まさに政府が中心的役割を果たしてきているのです。
無策以外に何のイメージも湧かない日本の政治家たちとの根本的、かつ、人間性というか、人格の大きな差異を感じてしまいます。

現在、社会現象化している問題は、「子供たちのモラルの低下」、「犯罪の低年齢化」、「いじめ」、「学級崩壊」、「不登校」、「高校中退」、「親子断絶」、「養育放棄」、「フリーター」、「二ート」、「将来に夢を持てない」等々、あまりにも多く、それらの解決に「教育」という根本的な活動、及び、その果たす役割が極めて大きいことは言うまでもないことと思います。

社会構造が変化し、価値観が多様化し、それらに伴って、教育への考え方やあり方など人生における教育の位置付けが大きく変わってきている現在、実社会の現象と将来への中長期的視野に立った「教育」基準なり方針を速やかにつくっていかなければならないことは自明の理と言えます。

高齢社会と少子化、そして格差社会、これでは社会の活力が低下するのも当たり前であり、そうした環境下にあって、平等に教育機会と将来への可能性を与えることで格差を埋め、子供たちの未来を希望に満ちた目標に導くことこそ、何よりも優先されるべき課題のひとつであろうと思います。

教育、特に、子供たちへの教育は公平に、かつ、しっかりとした基準でやってやらないと、将来の国を支える人たちなのですから・・・、それは大変なことになってしまうことは言わずもがなのことですが、何故、日本の政治家はこうも無策なのでしょうか。
子供たちの教育は、未来へのスタート点に立つための重要な活動の一環ですから、スタート点にすら立てないような子供たちが、もし存在するとすれば、まさに世界から、とり残されるだけの「国家なき日本」そのものではないでしょうか。


Maki Takatukasa
25th May,2008